Der Liebesfilm

新しいカテゴリーを作りました。

 

ここで、語ることは、半分フィクションで、半分事実です。だったら「フィクション」じゃないかということになると思います。ですが、「フィクション」と呼ぶのには寂しいので、それらしい単語を持ってきました。

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あなたと出会ったのは、今から一年以上前だった。無表情な人だと思った。そして、何となく、人を避けているような雰囲気を漂わせていた。分厚い本のページ、あるいは、スマホの画面とにらめっこしていることがほとんどだった。だから、こちらから話しかけようと思ったことは、なかった。一人でいたいのだろうと思った。一人が好きなのだろうと思った。

 

あなたが来る時間帯は、だいたい決まっていた。

ところが、ある日、一日だけ、あなたは、いつもより早く来た。83日。僕の日記に書かれている。なぜだかは、わからずじまいだ。でも、どうしてこのことを日記に書いていたのか。僕はあなたと話をしたいと思っていたのだろう。

 

月日が経ち、年末を迎えた。あなたは、僕と同じテーブル、目の前に座った。一瞬、座ろうと思ったが、ためらって、席を離れ、後ろを向いて、口元をハンカチで拭いた。そして、今度は座った。挨拶した。挨拶だけは、いつでもしていた。でも、それからを続けたことはなかった。その日は、続きがあった。

 

年が明けた。あなたは、僕と談笑した。あなたのことについて、いろんなことを教えてくれた。歳も誕生日も教えてくれた。年末は、近所の大きな公園のイルミネーションを、お姉さんと見に行ったと語ってくれた。あなたは、その時に撮った写真をスマホで、僕に見せてくれた。僕は、何だか少し胸がざわついた。それでも笑顔は絶やさない。そして次々に愉快な秘蔵写真を見せてくれた。うれしかった。ただ、その中の一枚が、僕の気持ちを難しいものにした。あなたと、にっこり微笑むお母さんとの2ショットだ。

僕は思った。どうしてここまで、あなたは、自分の大切なものをさらけ出してくれるのだろうか。

その日は笑って別れた。そして、それ以来、ずっと僕は、あなたが自分の大切なものを、なぜ、さらけ出してくれたのかを考え続けている。

今年も間もなく立秋を迎えるが、その問いについて、考えなかった日は、一日もない。

 

気まぐれだったのだろうか。

それとも、もっと真面目な気持ちだったのだろうか。

気まぐれと真面目な気持ちが入り混じったものだったのだろうか。

 

いまだに謎だ。

 

ただ、僕は、あなたが、とても大きなものを背負っていることを知っている。

あなたは、大きな病を抱えている。

あなたは、今も、社会とつながろうと、闘っている。

あなたは、自分の存在を問い続けている。

 

僕は、知っている。隠す必要はない。

あなたが、「死んでしまいたい」と自分に呼び掛けていることを。

「自分に、生きる価値なんかない」と自分に呼び掛けていることを。

 

近道があるのならば、通ってきてほしい。僕にぶつけて構わない。

「死んでしまいたい」

「自分に、生きる価値なんかない」

 

そして、あなたも僕も、実はすでに、気がついているということを一緒に確認しよう。

あなたが、生きて、生きて、生き抜きたいのだ思っていることを。

 

そんな日が来るのを、僕は待ちたい。

 

 

今日も、あなたは来なかった。

とても残念だ。

笑顔のお母さんとの2ショットを見せてくれた、あなた。

ありがとう。

本当にすてきな写真だったから、誰かに見て欲しかったんだね。

 

僕は、あなたが、また、来てくれるのを待っているよ。

たとえ、今日も、あなたが来なくても。