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Virtual Insanity ~バーチャル・インサニティー~

生活、時事問題、趣味のことなど幅広く、日々思うことを綴っていきたいと思います。多分、中道左派です。

芸術作品と作者

生活

「芸術作品は、いったん完成したら、作者の手を離れてしまうものだ」という考えがあるのを知っています。

ただ、そういう面があるのは認めつつも、そうでないとも言えると思います。

 

先日、芥川龍之介の『杜子春』と『魔術』という作品を読みました。両方とも子供向けということなのですが、かなり面白く、楽しく読みました。私は長年、どんな作品が芥川賞を受賞するのかについて、注意を払ってきました。また、受賞者がどんな人物なのかについても興味を抱き続けています。ところが、肝心の芥川龍之介と彼の作品については、ほとんど関心がありませんでした。

というのも、彼が自ら命を絶ったからです。

「自ら死を選んだ人の作品を受け止める力が、自分には備わっているのだろうか」ということを考え続けていたのです。

しかし、最近少し考えが変わりまして、芥川龍之介の作品に、手を出し始めました。

 

さて、冒頭に申し上げた「芸術作品は、いったん完成したら、作者の手を離れてしまうものだ」という立場に立てば、私は芥川の作品について、これとは逆のことを、ずっとしていたことになります。つまり、芸術作品(芥川の作品)が、いったん完成しても、作者が自殺したということに囚われていて、手を出しませんでした。ですから「芸術作品は、いったん完成したら、作者の手を離れてしまうものだ」という考えになじむのは、私にとって、結構難儀なことだと言えるのでしょう。どうしても作者がどんな人物だったのかが気になってしまうということです。

 

おそらく作者がどういう人物だったか気になるのは、古今東西私だけではないと思います。例えば、ベートーヴェンの音楽を、彼が聴覚を失ってしまったことと完全に切り離して論ずるというのは、どうしても何かを欠いているように思えます。また、数年前にやはり自分が聴覚障害者だと偽った人物の作品が世間を賑わせたのも、作品と作者を切り離すことの難しさを物語っていると思います。切り離せるのであれば、作者がどんな詐欺師でも悪魔でも、作品がもたらす感動は変わらないはずです。

 

つまるところ、やはり、作品と作者は、完全に切り離すことはできないということなのでしょう。

はてなのニックネームを変更しました

ご挨拶

はてなのニックネームを変更しました。

 

新しいニックネームは「ヴィーアイ」です。

 

ブログタイトル"Virtual Insanity"の単語の頭文字です。

アイコンが"VI"なので、以前のニックネームが合わないと感じ始めたのが理由です。

ちなみに旧ニックネームは「ジェイケイ」でした。

 

今後ともよろしくお願いいたします。