Virtual Insanity ~バーチャル・インサニティー~

生活、時事問題、趣味のことなど幅広く、日々思うことを綴っていきたいと思います。

<吃音>『バリバラ』 4月2日放送の感想

とても感動しました。

 

吃音がテーマの回でした。

 

冒頭で、吃音をもつ若い男性が、あまりうまいとは言えない弾き語りで、自身の吃音をテーマにした自作の歌を披露しました。生々しく、そしてユーモアがあって、心をつかまれました。

 

さて、この日の放送のクライマックスは、何と言っても、「小学校の先生になりたい」という夢をもつ、吃音当事者である男子大学生が、9人の小学生に行ったミニ授業でした。

吃音がもっとも出やすい教科である英語を題材に選び、自宅で"My name is XXXXX"と自己紹介の練習をするのですが、30秒以上かかってしまいます。なぜか、彼はメトロノームのリズムにのると、言葉が出やすいとのことで、授業の準備では「秘策」として、メトロノームも登場します。

 

いよいよ本番の授業になりました。小さな部屋に、かわいらしい高学年の小学生たちが集まり、スタートです。黒板に、自分の名前を書いて、日本語で自己紹介するのですが、吃音が出てしまいます。子供たちは不思議そうな表情を見せます。

ですが、まあ、なんとか自己紹介もクリアし、英語の授業に突入します。言葉が出にくい場面があるのですが、なんと、なかなかいい雰囲気で授業が進行していきます。

 

そして、授業の最後に大学生は「吃音」と板書し、自分の吃音についての感想を子供たちに尋ねます。残酷な言葉が飛び出すのではと、正直言ってひやひやしました。脈が上がりましたね。「聞き取れるから大丈夫だ」といった肯定的な声があがりました。小学校の先生になりたいという夢に関しても「それでいいんじゃない」という素朴で温かみのある返答がかえってきました。胸が熱くなりました。

なお、「秘策」のメトロノームは本番では必要ありませんでした。

 

当の大学生は、小学校の先生になりたいという希望の根拠として、「効率」だけでは片付けられないものがあるのだということを訴えたいからとおっしゃっていました。

こうした人たちが活躍すること、活躍の場が今以上に与えられることを、願っています。多くの人にとって、少しでも住みよい社会になると私は考えるからです。

 

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図書館で話し始める人たち

私はよく地元の図書館を利用します。

 

図書館では、様々な書物や新聞、雑誌を手に取って読むことができます。楽しいです。

 

さて、もうひとつ図書館の醍醐味というものがあります。それは「図書館で話し始める人たち」を観察できることです。

私にとって、図書館とは、本を読んでいようがいまいが、勉強していようといまいが、とりあえず「黙って過ごすところ」という位置づけです。これはひとつの価値観です。結構、共感してくださる方は多いのではと想像します。図書館の職員の方も、こうした価値観をもっておられると思います。

 

ところが、人間とは奥深いもので、図書館を訪れると、かなりの高い確率で、話を始める人物にでくわします。隣にいる人とであったり、携帯電話で話し始める人がいます。話が長かったり、声が大きいと、そうした人物たちを図書館の職員は注意します。そのたびに心の中で「ナイス!」と声援を送ります。

何を言いたいかと申しますと、一部の確固たる割合の人たちには、図書館では「話してもOK」であるという価値観があるということです。

私にとって、図書館は「黙って過ごすところ」なのです。しかし、一定割合の人たちにとっては、「話してもOK」なのです。そして、長年図書館を利用していますが、そうした類の人々は絶滅する気配を一向に見せません。

かくも、人間とは多種多様なものだということを、書物などを通じて以外にも、図書館は私に教えてくれる場所なのです。

 

図書館、最高ですね。