あいつらは「二級市民」

 横田は、建材卸商社に勤務する40代の男性だった。最近、職場で、島崎という名の少し年下の男が、守衛室のパートとして雇われることになるということを噂話で耳にした。島崎は精神障害をもっており、勤務先である鶴亀商店で初めて、「障害者枠」という制度を利用して採用されたということも聞いた。

「まじかよ」

と横田は思った。

 横田は、障害者が嫌いだった。とりわけ精神障害者が嫌いだった。五体満足なのに、動けない、人並に働けないなんて、甘えだと思っていた。ふざけた奴らだと日頃感じていた。

 横田は、両親とともに、勤務先から歩いて10分ぐらいの住宅街にある、手狭な古びた一軒家に住んでいた。斜め前には、公認会計士の男性の家が建っていた。3ナンバーの車が2台と、軽自動車が1台、家屋の前に並んでいる、この辺りでは、ちょっとした「豪邸」だった。会計士には、息子がいた。息子は精神を病んでいるということを両親が話しているのを聞いた。確かに息子が定職に就いている様子はうかがえなかった。横田は、外出する息子を時々目にすることがあった。病気のようには見えなかった。加えて、そこそこ身ぎれいで、おしゃれなところが、横田の気に障った。そして、何よりも横田の気分を逆撫でしたのは、昨年、近所のショッピングセンターで、その息子が同い年ぐらいの女性と2人で肩を並べて歩いていたのを目撃したことだった。横田は、これまで、女性と、そんな風に歩いたことがなかった。

「ろくに働いてもいないやつが、女とデート。まじかよ。障害者のくせに」

横田は、その日、非常にいら立って過ごした。

 

 島崎が採用されてからしばらく経ったある日、光沢のあるドラゴンが背中に縫い付けられたジャンパーを羽織った横田は、家を出る時に、会計士の息子の顔を見かけた。横田は「チッ」とあからさまに舌打ちし、軽蔑の視線を投げかけた。そして、にらみつけた。「ガンを飛ばす」というやつだ。会計士の息子が、舌打ちと、飛ばした「ガン」に気が付いたかどうかはわからない。相変わらず、こぎれいな身なりの息子は、自転車に乗って、鶴亀商店とは反対の方向に走り去った。

 職場で、横田が島崎を初めて見たのは一昨日だった。取引先に発送する荷物を抱えて、守衛室に向かった。この守衛室には、谷という、やけにいばりくさった無愛想なじいさんがいる。バタンと守衛室の扉を開ける。横田は、気位が高い谷のことも嫌いだった。だから挨拶はしない。無言を通すことで、自分が上なのだと思い知らせてやるのだ。ドンと荷物を谷の机の上に放る。ちらりと島崎の方に侮蔑の視線を投げかけると、「お疲れ様です」という挨拶が返ってきた。「フン」と思っただけで、横田は黙って扉を閉め、守衛室を去った。

 横田は、何もかも不満だった。

 カネが欲しい、尊敬が欲しい、自由な時間が欲しい、もっと楽な仕事が欲しい、そして、何よりも女が欲しかった。思い通りにできる女を手に入れて、自分の低い自尊感情を底上げしたかった。おれを承認してくれ!

 横田は、誰が見ても、身を粉にして、一生懸命に働いていた。仕事ぶりについては、上司や仲間の評価もなかなかよかった。首に巻き付けたタオルで、一日のうちに何度も顔から流れ落ちる汗を拭いた。そして「わずかばかり」の給料を手に入れた。カネは知らないうちになくなっていた。

 横田は、こんなに汗水垂らして働いているのに、自分にはいろんなものが欠けているのが不思議だった。だから怒りを抱いていた。そして、そうした怒りを、マイノリティーに向けるのだった。中国人や韓国人を同僚とバカにして盛り上がるのは、爽快だった。横田家では、時折、外国人をネタにして親子で笑いあった。そして、横田は斜め向かいに住む精神障害者も時折、憎むことを忘れなかった。どうして外国人やら障害者やらには、スポットを当てる人がいるのに、自分のように、鶴亀のような、うだつのあがらない、給料の上がらない中小企業で全力を出して働いているような人間は、マスコミやネットでは「スルー」なのか理解できなかった。世の中が間違っていると感じていた。人は働けば働くほど豊かになり、働かない奴、働けない奴は、貧しい暮らしを甘受すべきだと考えていた。しかし現実は、どうもそうではない。

 

 横田は、今日も、守衛室に荷物を届けなくてはならない。

 守衛室は、前は、どれだけ蒸し暑くても冷房がかからなかった。それが最近、島崎が入ったことをきっかけに、人事部長が動き、冷房がかかるようになったと聞いた。おかしい。守衛室のような生産性の低い場所で仕事をしているような奴らに、快適な環境が与えられるべきではないのに。

 バタン。無言で横田は守衛室の扉を開ける。島崎が「お疲れ様です」と甲高い声で挨拶する。しかし、島崎は障害者という「二級市民」なので、無視する。今日の荷物は大きいので、守衛室の床に、荷物を放り投げる。ドサッ。谷という自分を尊敬しないじいさんも「二級市民」だと横田は考えていた。「二級市民」を軽蔑するのは気分のいいことだ。「一級市民」である自分の権利を行使することは気分のいいことだ。そして横田は、無言でバタンと守衛室の扉を閉め、自分の持ち場へと歩いて行き、額から落ちる汗を、タオルでぬぐった。