読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Virtual Insanity ~バーチャル・インサニティー~

生活、時事問題、趣味のことなど幅広く、日々思うことを綴っていきたいと思います。多分、中道左派です。

「均質な社会」か「多様性のある社会」か

政治

1月20日(現地時間)に、とうとうトランプ大統領が誕生しました。

 

私は某民放の中継で就任演説を聞きました。トランプ大統領の、「アメリカの国益を第一にしたい」というメッセージが明確に響きました。また、同じようなことを日本で言っても、かなり拍手喝采を受けるのではないかなと感じました。ただ、はたして保護貿易が「アメリカの国益」に叶うかは疑問視しています。

中継をご覧になった皆さんは、どのような感情が湧きあがったでしょうか。

 

さて、今回の記事では社会の在り様を、「均質な社会」「多様性のある社会」かという二項対立をあえて明示して考えてみたいと思います。実際の社会は、完全に均質でも完全に多様でもないのですが、この両極を振り子のように振れていきつつ動いていくように感じます。

なお、トランプ大統領の就任演説は、同じ赤い血を流すアメリカ人という概念を礎とする「均質な社会」への方向性を打ち出していると思います。

 

 

「均質な社会」

 

「均質な社会」とは、社会全体が進んで行くために、個人の事情を抑えて、「みんなと同じようになろう」という指向性をもつ社会のことです。

こうした社会では、個人個人が、各々の事情(何々が苦手であるとか、政府の意見には異議があるといったこと)は、表に出さずに、社会全体が発展することを目指します。具体的には、現代では、経済成長のために様々なものを、つぎ込むと言い換えてもよいでしょう。

こうした社会では、統制がとれるために、社会全体の富は増える一方、言論や思想の自由が制限されたり、奪われたりといったことが起きやすくなると思います。付け加えますと、社会全体の富が増えても、それが、著しい格差を生まずに分配されるかはどうかは、わからないでしょう。

さらに、結婚するか独身でいるか、あるいは誰を好きになるかといったライフスタイルに「かくあるべき」という規範が設けられたり、社会(国や地域)に高度な忠誠を尽くすことが求めらるようになるでしょう。

今で言えば、中国やロシアがその典型で、アメリカは「多様性のある社会」から、こちらの側に舵を切ったように見えます。

全体最適」の名のもとに、個々人の事情が、無視されがちになると思います。反面、効率よく物事が進むという一面はあるでしょう。

 

 

「多様性のある社会」

 

「多様性のある社会」とは、社会全体も大切ですが、それよりも個人の事情といったものを優先させようという社会のことです。「みんな、ある程度違っていてもよい」という指向性をもつ社会のことです。

こうした社会では、個人個人が各々の事情(何々が苦手であるとか、政府の意見には異議があるといったこと)が、表に出てきて、社会全体で費用なり時間を負担して、個々人の事情に配慮したシステムなりハードが整備されることを目指します。具体的には、働けない人たちや、財産を失ってしまった人たちのことを、社会全体で支援する社会と言い換えてもよいでしょう。この支援が経済成長に結び付くか否かは、こうした支援の仕組みを、いかに資本主義に上手に組み込むかという手腕にかかってっくると思います。

このような社会では、政府の言うことに異論が活発に出ることになるので、統制が失われやすいために、国によっては治安に問題が出てくるかもしれません。一方、多様な生き方が保障されるために、いろいろな事情を抱えた人が、それなりに暮らしていくことができる社会になると思います。

f:id:VirtualInsanity:20170125083149j:plain ←ドイツのメルケル首相

あまり詳しくないので、違和感があれば、ご指導いただきたいのですが、ドイツや、カナダ、北欧諸国がこうした社会の具体例として挙げられると思います。

 

 

ちなみに私は、ブログタイトルの下に記載している通りの考えの持ち主で、「多様性のある社会」を支持する一人です。

 

日本は、いま、経済成長を維持・拡大すべく、全体最適を実現し、「均質な社会」に向かっているような気配を感じています。ですから少々、不穏なものを、私は感じていますね。