Virtual Insanity ~バーチャル・インサニティー~

生活、時事問題、趣味のことなど幅広く、日々思うことを綴っていきたいと思います。

青木理のジャム・ザ・ワールド 2月3日放送の感想

リスナーの方から、禁煙をすすめられた青木さんでしたが、禁煙するつもりはありませんという喫煙継続宣言から始まった今日の放送でした。

 

ブレイクスルー

 

裁判員裁判がテーマでした。

 

裁判員経験者をつなぐ市民団体を主宰しているという、自身も裁判員経験者である男性がゲストに招かれました。

今回のブレイクスルーの結論を言ってしまいますと、ゲストは現在の裁判員裁判および司法制度に結構不満を持っておられます。一方、裁判員は、司法を市民の側に取り戻した制度であり、市民の側が、この制度を使いこなせるようになるのが望ましいとも訴えておられました。

 

前半は、裁判員になるのを断れるのか、断ったらどうなるのかといった裁判員制度に対する素朴な疑問が取り上げられました。

仕事が相応に忙しければ、断ることができるようです。ただ、そうなると、裁判員の構成が、学生、主婦、職の無い人などに片寄るのではという疑問が示されましたが、ゲストによると老若男女、バランスのとれた構成になることが多いようです。もちろん、確率的に、例えば、男性だけになるということもあるという話です。

 

後半は、判決を下すことにまつわる重みについて語られました。

リスナーから、「検察が、検察に不利な証拠を出していないと感じた時に、その証拠を提示するよう、裁判員は要請できるのか」という質問が来ました。検察には、そうした要請をすることが、できないとのことでした。ただ、裁判官にそうした要請をして、裁判官が認めれば、検察が出していない証拠を提示させることは可能だとのことでした。ただ、裁判官が、そう認めることは少ないと語っておられました。

また、死刑判決のような重大な判決を下した裁判員経験者が、後で悩んだりしないかという青木さんの質問には、ゲストは、悩むことはあると答えていました。悩んでしまう原因として「十分な証拠が提示されていたのだろうか」という点を挙げておられました。

さらに、裁判員制度の形骸化にも触れていました。判決は、裁判員とプロの裁判官が話し合って下すのですが、プロの裁判官が、議論をまとめてしまって、裁判員が、それでいいですという具合に、そのまとめに乗っかることが多いと、ゲストは答えていました。

 

 

以下、私の感想です。

裁判員制度が始まったのは2009年ですが、依然として裁判というのは、一般市民生活からは、縁の遠いものだという印象を持っています。

縁の遠いものになっている理由は、裁判や受刑者に関わる情報が身近なものになっていないということが挙げられると思います。

そこには、検察や裁判所が、ひとつひとつの裁判を、「効率的にこなす」ことに主眼を置いていて、「限りなく確実な証拠に基づいて、公正な判決を下す」ということが2番目以下になっているように感じを抱いています。「限りなく確実な証拠に基づいて、公正な判決を下す」ために、裁判所は裁判や受刑者に関する情報を、もっと発信するのが望ましいと思います。

 

裁判員の日当や精神的な負担についても話が出ました。私は、「裁判員制度は、一般市民にとって、かなり負担だな。日当も、その負担に全然見合っていないし、ないほうがいいかもな」と、正直言って、思いました。

加えて、裁判や司法制度について、得られる情報が少なく、市民の方も積極的にそうした情報を取りにいかないという実態があると感じます。

 

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