K校長先生の思い出

校長先生というと、どんな人物を思い浮かべますか?

 

まあ、多くの方にとっては、学校の集まりやイベントで、紋切り型の、無難なお話をする人といったところではないでしょうか。あまりにも話が退屈で、聞いている生徒がおしゃべりをして、校長先生の話の後に、別の先生が注意するなどという光景が、お決まりのように繰り返されたものです。

 

そんな、校長先生ですが、中学校の生徒だった頃の私に、強烈な印象を残していっていかれたお方がおられました。いい意味でです。以下、ひとつのエピソードを披露したいと思います。

 

 

 コパカバーナ』騒動

 

コパカバーナ』というのは、リオデジャネイロの海岸の一地域を指す地名ですが、ここでは、そこでの情景を歌った歌の、ブラスバンド版アレンジ曲のことを意味します。

当時、私が通っていた中学校では「全校集会」というものがありました。文字通り、3つの学年の生徒が体育館に集合し、先生のありがたいお話を拝聴したり、とある部活の壮行会や活動成果の発表を行ったりということをしたと記憶しています。

ある日の、そうした集会のプログラムにブラスバンド部による演奏が組み込まれていました。体育館前方の、生徒たちが座っている床と同じ床にパイプ椅子を並べます。その椅子に吹奏楽部員が楽器を構えて座ります。そこで演奏されたのが、『コパカバーナ』でした。ノリのいい、楽しい曲です。演奏が終わり、生徒が拍手します。まあ、いたって平凡な、「ブラスバンド部の活動発表の場」であったわけです。

さて、全校集会のプログラムが平穏に進行し、最後にK校長が登壇します。そこで、K先生が「この集会で、残念だったことがあります」と、おっしゃいました。正直、かなり唐突な感がありました。今思うと、その瞬間、職員には、狼狽した人もおられたかもしれません。

いったい、何が「残念」だったのか????

K先生は続けます。「ブラスバンドのみんなが演奏してくれた時、どうしてみんな踊ってくれなかったのだろうかということが残念でした。ブラスバンドのみんな、もう一度、演奏してくれませんか」

今でこそ、中学校の体育の授業で、ダンスが課題として取り上げられ、踊るということが普及しつつあります。しかし、踊ることに敷居の高かった25年以上前のこの発言は、どう考えても、かなり「突き抜けた」かつ「ファンキーな」発言だと、評価せざるを得ません。踊る? いったい、どうなるのか????

 

ブラスバンド部員たちが再び、楽器を携え、パイプ椅子に着席します。そして、音楽が鳴り響くと…。

一部の生徒や教師たちが、なんと体育館のステージに向かい、上ります。そして、体を動かしたり、叫んだりし始めたのでした…。何人かの若い男性の教師はステップを踏んでいました。生のステップというものを見た私の最初のシーンでした。私はといえば、ステージの下で、手拍子を打ちながらも呆気にとられていました。音楽のもつ爆発力に、飲み込まれていました。

コパカバーナ』が締めくくりを迎えます。ある男子生徒は、こぶしを挙げて、「おれが山田だ! おれが山田だ!」と連呼しています(仮名です)。

白けたベルトコンベヤーのような全校集会が、一転してローリング・ストーンズと、いい勝負の、熱狂ライブの場に変貌したのでした…。

アンコールの後に再び登壇したK先生がニンマリとした表情を見せたのは、言うまでもありません。

 

後日、生徒会担当だった、先生から、ぼそっと言われたのですが、その先生は、アンコールされた『コパカバーナ』の時に、あまりにも多くの生徒たちが上ったので、体育館のステージの床が抜けて、事故になるのではと肝を冷やしておられたそうです。

 

 

この校長先生は、実は、他にも生徒の心をつかむ、愉快なエピソードを残しておられます。

私が生徒だった頃に、職員たちが、その校長先生のもとだと仕事をしやすいと言っているという、うわさが流れていました。今、思うと、組織のトップが、組織の雰囲気を決めるということを私は、この校長先生を通して学習したのだと思います。


ちなみに当時の私の母校は、非行が少ないことで評判だったということを、卒業後に知りました。